BOSS RUSH


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手洗いやうがいにも「技術」があるんです。そして、「技術」には背景に理由があるんですよね。 ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次
Perfumeって、3人以外の人間がステージに立つことはない。昔はともかく、今だったら、曲によっていっぱいダンサーが出てくるとか、後ろにDJとかマニュピレーターがいるとか、あるいはバンドをつけてみるとか、そういうことをやってもおかしくないのに、かたくなにやらない。
だから、ロック・イン・ジャパンみたいなでかいフェスの時や、今日みたいな大会場で、万単位の人の前でパフォーマンスする時って、すごい画になる。
あの、「たった3人で世界と対峙している」「3人だけで世界と闘っている」感じ、いつも本当に、壮絶なものを感じる。でも、このまま行くとこまで行ってほしい、と思う。
Perfume @横浜アリーナ | 邦楽ライブレポート | RO69(アールオーロック) - ロッキング・オンの音楽情報サイト (via aerodynamik)
笑いって大きく2つに分かれると思うんですよ。1つの本当の話の中で細かいウソをつくものと、1つのウソの世界の中で本当を積み重ねていくもの。そのどっちかじゃないとダメなんですよ。 「シュールなことなんて一度も言ってない」ふかわりょうの”ウソ”と”リアル” - 日刊サイゾー

しかし、親としてはその「実践」が怖い。もし風邪をこじらせてしまったら、もし車にひかれたら。

実践させないために、注意をする。昔は親もそんなにヒマじゃなかったから注意で終わり、子供は実践してしまった。

それじゃぁよくない。で今は、なにがあっても子供についていく。物も豊富になったから子供の身を守るための道具もある。風邪を引かないように病気にならないように薬品もいっぱいある。薬を飲ませて完全武装で遊ばせておけば大丈夫。親は心配しなくてすむ。

子供は大事だ。だから親は子供のためと思い、あらゆる手段を使って子供を守ってきた。いつの時代も。でも人間は頭がいいから、いつしか「子供を守るあらゆる手段」「道具」を作り上げてしまった。結果、子供は危険な目に遭わずに完全に守られることになった。

親は安心。でもかわいそうに・・・子供たちは、実践で得る強い生命力、危機感知能力を失ってしまった。

「子供を守る」という大義名分の元、実は「自分の心配を減らしたい」という勝手なわがままで、今の親は子供の生命力を奪ってしまった。

親はもっと考えなきゃいけない。豊富な物の中でこれから生きていく子供たちに、いかに強い生命力を養わせるか、「心配だから」という気持ちを、どっかでぐっとこらえる強さが必要になってくる。

その意味では、昔の親よりも、今の親の方が考える力が必要。取捨選択が必要。中でも捨てることが必要。昔の親なんかそういう意味ではラクだった。みんな子供は放っておくしかなかったんだから。なーんも考える必要はなかった。

我々の世代は、親として、大人として、自分の心配を封印して、あえて子供を放り投げる強さが必要。

だって無菌状態で大事に育てられた子供たちも、いつかは社会に出る。すると不幸なことに、今の社会は人を人として扱わない。企業の人材という、ひとつの材料として扱う。大切にされてきたはずの自分が、社会に出たとたんまったく大切にされない。そんなとこに適応できるわけがない。

物ばかりが豊富な中で育てられた子供が、物を効率よく作り続けることだけを追い求める社会の中に放り込まれる。今の社会のひずみが、全部子供たちに覆いかぶさってる。

今の社会を作ってきた上の世代には、残念ながらいい大人がいなかった。

我々がいい大人にならないと。

まぁ最近飲みに行くと、そんな話ばっかりです。

[水曜どうでしょう official website] (via mendokusai)
2009-02-26 (via gkojay) (via takaakik) (via lain65) (via sai75)
先日、『フジテレビ開局50周年記念記録よりも記憶に残るフジテレビの笑う50年』という番組がやっていたんですね。その中で昔のお笑い番組のリプレイがたくさん流れたんですが、それを観たナインティナインの岡村さんがこんなことを話していたんです。かつてのお笑いは、危険なこともエロいことも含めてめちゃくちゃやっていた。でもいまは、イジメのきっかけになると言われるから同じことはできないんだ、と。芸人が芸人をいじる芸や罰ゲームが、イジメの手段として使われる、イジメを助長している、と言われてしまうんだそうです。そこで岡村さんは、僕には涙ぐんでいるように見えたんですが、そういうつもりでお笑いを作っているわけではない、と言ったんです。むしろいじめられている子が土曜の夜にお笑いを見て、芸人がいじられている様子を笑い飛ばしてストレス発散してくれればと思って作っている、と。その言葉に僕はものすごく感動したんですね。ゲームも同じように悪く言われがちです。何か事件が起こると、その容疑者がプレイしていたゲームが報道され、ゲームの影響だと言われる。でもそう言われてしまうのは、僕たち業界人が責任を果たしていないからだと思うんですよね。いつまでゲームを作り続けているかはわかりませんが、僕だけでも業界内で果たせる役目があるんじゃないか、それを考えていきたいと思います セガ名越氏が語る『龍が如く』とゲーム倫理の問題 - ファミ通.com